No.8 (祭座新聞 第九号、2001年7月掲載)
今回は手短にお伝えすることができない内容、−同和問題−。日本人
の日本人がしてきた差別に触れる。要点を言えば部落差別問題であり、
以下は和太鼓祭座より心から先人達への追悼と、事実を一人でも多く知っ
ていただきたい想いからのものである。
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時は戻って、士農工商、えた、ひにんの階級制度が確立されて人々に貧富の差がはっきり
と分かれだした頃、最下級のえた、ひにんは人としてその存在が認められていなかった。
その代表的例として、えた、ひにんの「祭事厳禁」の慣習。神社でとり行なわれることが主流
だった祭事など、その神聖な神が汚されるとして参加することもスタッフとしても、祝うことも悲
しむこともできなかった。さらに衝撃の事実が文献に残っている。いまでいう裁判記録ともいえ
るその文献には、まだ年端もゆかぬ子供が祭事にでかけ神が汚されたとして殺されている。
それに対して訴えた えた、ひにん達への判決は、平民の7分の1の命であるため被告は無罪
だというもの。止めど溢る涙すら許されぬ歴史の事実。生まれた時から死ぬまで えた、ひにん
なのだ..。いや、死んでからも えた、ひにんであるというお話をしよう。
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公にはされていないが日本各地のお寺では年一回特別な供養行がある。それは えた、
ひにん への償いの供養で一日中選考と経を絶やさない。
職業や住居にかなりの制約があり、沼地や川沿い、山奥などに居を構えて集落をつくってひっ
そりと生きるしかなかった えた、ひにんたちは、亡くなってからも墓地に制約を受けた。まず
沼地であること。なおかつ墓石は地面の下に隠さなければならなかった。「士農工商」の者と
同じ高さの墓石であってはいけない程の風当たりだ。しかも、各人に戒名など与えられず統一
された文字が刻まれている。玄米の「玄」に田んぼの「田」、牛肉の「牛」に漢数字の「一」、こ
の合計4文字が地中深く誰の目にも触れずに身を隠している。
この戒名の意味を知ったときあなたは身の毛がよだつことだろう。これらの漢字を合体させて
2組にして欲しい。もうおわかりかも分からないが「畜生」になるのだ。これが「畜生戒名」とい
われる第二の代表的事例で、このことを償うための供養行なのだ...。
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職業についても制約があり、というより職業選択の自由が全くなく簡単に言ってしまえば人の
嫌がる仕事が職業だった。その中のひとつになんということか太鼓職人が挙げられる。もっぱ
ら皮をなめすことが中心だったらしいが、私はショックを受けた。いまでこそ富を表すのにてっ
とり早いのがお金であるが、「どこそこの家は太鼓職人を何人抱えている」と言うことで富を表
した時代があった。要は何人の えた、ひにんを食わせてるんだという表現の仕方だろう。無
論、太鼓職人だけでなく他職についても同様な表し方だ。それでも生活していけない者は芸能
の道にすすんで生計を立てた。今日の大道芸や歌舞伎の前身となっている。余談だが歌舞伎
で有名な屋号を持つ家のルーツをたどるとそこに行き着く。
また、婚姻の自由もない。今に残る婚姻前の医師の診断書の取り交わしや身辺調査など部
落出身の家系かを調べたところからきている風習だ。結ばれるべくして結ばれる男女を想うこ
とは時代を恨むべきなのか、時代の違いをありがたくおもうべきか...。私は時代を恨みたい。
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えた、ひにんとは穢多、非人と書く。この穢という字には汚いとか不潔で不快だという意味を
表す、非人とは読んで字のごとくヒトニアラズだ。なんという呼び方であろうか、「日本人」という
言葉はもっと綺麗で熱いスピリッツだとかをイメージしていたが、なんてことはない、私達には
歴史を背負う意味も含めて「穢人」という言葉こそふさわしいのかもしれない。
心豊かで平和だと思われている現代、今を生きる私達にきっとまだ隠された真実が沢山ある
ことだろう。逆に言うと、今を生きる私達には真実を見抜く目が養われていないのだ。
− 最後に −
なにをかくそう、この私の祖先は姓名や出身地、環境等を考えるとどうやら部落出身である
ようだ。私の始祖たちは祭りや行事にいけず、苦渋をのみ続け、墓石までも地に沈んだ。始祖
達よ、あなたは末裔までの幸せを気がかりに時代を恨みつつ死んでいったことだろう。その哀
しみはいかばかりか。
時代が変わり今、私は太鼓を叩いている。この太鼓道にたぎる血のルーツである気がする。
それはまるであなた方の願いであるかのように。